スクリーンショット (1157)
ナゴヤドームが出来るまでは、中日ドラゴンズのホームグラウンドはナゴヤ球場だった。

私がナゴヤ球場は見たのは1977年、アイシン精機の就職試験のため名古屋から蒲郡に向かう国鉄(当時)東海道本線に乗った時である。「巨人の星」でも見た事のある「ナゴヤ球場」と大書されたボールの形状をした給水塔が電車からよく見えた。


o0320024014647566458

ナゴヤ球場に一番近い線路は新幹線で次いで東海道本線、そして名鉄本線

最寄り駅は名鉄の「ナゴヤ球場前」で、普通のみの停車だが、試合があるときはその時間帯、特急以外はすべて停車する。(特急は全席指定のため停車せず)その折は社内でアナウンスがあり、それを聞いて、あ~今日は試合があるんだな~と気付いたりする。


私が初めてナゴヤ球場に行ったのは、1982年の8月、一人で甲子園に居たっと期の帰り、やはりそのアナウンスを聞いたので思いついてふらりと降りてみた。確か大洋(現・横浜DeNAベイスターズ)戦だったと思うが定かでない。
球場に近付くと、おっさんが愛想笑いしながら近づいてきた。「内野席の券があるよ~」と、それは噂に聞くダフ屋だった。その時は家に帰る途中だからとうそを言ったら、そっか~と言いながら引き下がったが、その後もダフ屋には時々声を掛けられた。但し巨人戦ではチケットが余ることがないのか声を掛けられた記憶がない。
知人に聞いた話では、回が押し迫った時間帯に球場辺を通ると、ダフ屋からタダで券をもらったという話も複数回聞いた。彼らも好感度を上げるためにあれこれサービスしてたのかもしれない。

ナゴヤ球場前駅から球場に向かう道すがら、だいたい決まった場所にあやしいおっちゃんが立って、独特の節回しで「余ったチケットないか~余ったチケットあったら買うよ~」と呼び掛けていた。
実際にあまたっチケットを売ってた人も見た事がある。

1982年は近藤監督のドラゴンズが大逆転で優勝した年であったが、この秋の対巨人戦3連戦は、チケットを売り出したときは消化ゲームと思われてあまり売れなかった。ところが夏頃までトップを走っていた巨人の勢いにやや陰りが見えて、消化ゲームのはずが突如としてプラチナペーパーとなり、ダフ屋が暗躍する事となった。

三連戦の第一戦は、中日に分の良かった江川が、九回に追いつかれ、まさかの延長サヨナラ負けで中日ファンは俄然盛り上がった。
この時、私は会社の同僚に頼まれて外野のチケットを買って3人で観戦に行った。うち二人は巨人ファンだったので9回までは盛り上がっていたが、一人の中日ファンの男はもともと静かな男でじっと座ていたがサヨナラ勝ちが決まった瞬間やおら立ち上がり狂ったように万歳を連呼した。私は茫然とその男の横顔を眺めるしかなかった。この時の球場に居た人はおそらく巨人ファンも含めて中日の優勝を意識したのではないかと思う。

第二戦の西本は中日を苦手としていたので中日が連勝した。当然第三戦は空前の盛り上がりを見せた。我々3人は当然その日も観戦に行ったが、一人の中日ファンの先輩がどうしても見たいと言うので同行した。

チケットは無論完売であるが、地元育ちで事情に精通してる先輩は「ダフ屋に言えばどうにかなる」と言って、何時もたっている男に声を掛けたら果たしてチケットを手に入れることが出来た。いくらしたと聞いたら3千円と言ってた。正価ではこの頃800円であった。

3戦は定岡をリリーフした2戦目の敗戦投手西本が踏ん張り2勝1敗となったが、結果は1ゲーム差で130試合目にドラゴンズが歓喜の優勝を決めた。1番田尾が塁に出て2番平野が送りバント3番目下がタイムリー、4番矢沢がホームラン~
優先でも板東英二の歌が毎晩掛かっていた。この年木俣と星野が現役を引退した。


sasaki

ささき整体施術院



愛媛県宇和島市坂下津乙18-5

電話番号 0895-23-7177

施術料金 1時間 3,500円

完全予約制




ma1ランキング参加中 ポチッと押してね。<(_ _)>




にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 健康ブログ 整体へ
にほんブログ村